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手紙

九月の声を聞くと思い出す人がいる。昔新聞に投稿した文章を再度読み返してみた。

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 いつものメキシコ便りのつもりで封を切った。
 小さなビニール包みが入っている。「花の種かな?」。気にもかけないで便箋をひろげた。いつもの伯父の字と違う。日本語を話せても読み書きができないと聞いていた、いとこからの便りであった。「父が病気で亡くなった」と言う意味のことが、簡単に代筆で記されている。伯父の死を知らせるにはさっぱりしすぎてさびしかった。同封の包みには、伯父の毛髪と、爪が入っていた。じっと見ていると、白髪の上に十一年前里帰りした時の顔が浮かんだ。
 大正6年、二十一歳で移民として柳ごうり一つでアメリカへ。さらに、ペルー、メキシコと仕事を求め、苦労の連続であった。
 わずかなグラジオラスの球根を、翌年は百個、さらに翌年は千個と増やして、やっと息をついて里帰りした時は、もう老年になっていた。
 外国でのどん底生活の体験談を聞きながら、何度も鼻をかんだのを覚えている。
 今夏の暑中見舞いが最後の便りとなった。「二男の居るラパスへ二年ぶりに行って、一ヶ月ほど魚を釣って遊んできます」と。
 よくお手紙を下さった。私もこちらの様子などをせっせと書いて知らせた。もう、そんな手紙を書く必要もなくなってしまった。髪と爪を伯父の生家へ届けた夜、日本語の読めないメキシコのいとこ宛に、最初で最後の手紙を心をこめて書いた。
 メキシコの空から、もう一枚のハガキすら飛んでこないと思うと、寂しくて心に冷たい風が吹き込むように思える。 (S59,11,8、毎日新聞女のひろば掲載)

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コメント

母の叔父がブラジルに移民しています。
私は一度か二度会いました。最後に会ったのは20年も昔でしょうか。。
山茶花さんの文章を読んで、懐かしくなりました。。

投稿: のぶっち | 2006年9月 2日 (土曜日) 午前 12時17分

☆のぶっちさん
そうでしたか。ブラジルですか。
遠いとなかなかお会いできませんね。

昔の人は勇気があったと思いませんか。和歌山県からもブラジルへ渡った人が多いようです。

投稿: 山茶花 | 2006年9月 2日 (土曜日) 午前 08時08分

外国でのどん底生活・・・想像がつきませんが大変なご苦労をされたのではないかと思います。
昔の人達から見ると今の自分達の生活は大変恵まれているのでしょうね。
今の時代に生活できて本当によかったです。

投稿: かおるっち | 2006年9月 2日 (土曜日) 午前 09時59分

☆かおるっちさん
恵まれすぎて、働かない若者が増えて来ているように思います。衣食住が足りていなければ、必死で生きる道を探しますよ。

伯父も今の世であれば、外国まで行ったかどうか・・・。

投稿: 山茶花 | 2006年9月 2日 (土曜日) 午前 11時58分

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